感覚的に。
なんとなく、第二次世界大戦以降、人類は終焉に向かっていると思う。
右翼の街宣車が来たから、書いてみようかなと思った。
世界大戦って名を鵜呑みにして、人類が殺し合いをしたビッグイベントだとすると、どう考えてもそれ以降に盛り上がりは無い。
どんなに人類の文明が発達しようとも、最近何も思わない。
酷いことに、世界大戦以降の文明の発展もくだらなく思える。
なんでかは知らないけど。
近々、バンクーバー五輪があるけど、楽しみにする反面、とてつもない程にくだらなく思える。
くだらないっていう感覚が合ってるとは思わないけど、空しさが溢れる。
何が起きようと、何をしようと空しい。
その反面、何か起きてほしいし、何かしようといきり立つ。
要するに、期待するのはやめて、自分で何か動き出すしかないと思ってるんだろう。
実際、何らかの動きは起こしているけど、そんな時、川に突き刺さってる感覚になる。
上流の速い流れに、ゴゴゴゴゴと流されそうになりながらも懸命に突き刺さってるのは楽しそうだけど、下流のドロドロドロドロとした流れに突き刺さってるもんだから、ぼうっと川に足を突っ込んで佇んでるだけみたい。
空しいとか言いながら、過去の産物に心揺さぶられるのは確かだから、そういうのは大事にしよう。
川の流れは遅いくせに、雲の流れは速いすなあ。
全然関係ないですが、親知らずが生えてきました。またしても、年をとったなと感じてます。
なんとなく、第二次世界大戦以降、人類は終焉に向かっていると思う。
右翼の街宣車が来たから、書いてみようかなと思った。
世界大戦って名を鵜呑みにして、人類が殺し合いをしたビッグイベントだとすると、どう考えてもそれ以降に盛り上がりは無い。
どんなに人類の文明が発達しようとも、最近何も思わない。
酷いことに、世界大戦以降の文明の発展もくだらなく思える。
なんでかは知らないけど。
近々、バンクーバー五輪があるけど、楽しみにする反面、とてつもない程にくだらなく思える。
くだらないっていう感覚が合ってるとは思わないけど、空しさが溢れる。
何が起きようと、何をしようと空しい。
その反面、何か起きてほしいし、何かしようといきり立つ。
要するに、期待するのはやめて、自分で何か動き出すしかないと思ってるんだろう。
実際、何らかの動きは起こしているけど、そんな時、川に突き刺さってる感覚になる。
上流の速い流れに、ゴゴゴゴゴと流されそうになりながらも懸命に突き刺さってるのは楽しそうだけど、下流のドロドロドロドロとした流れに突き刺さってるもんだから、ぼうっと川に足を突っ込んで佇んでるだけみたい。
空しいとか言いながら、過去の産物に心揺さぶられるのは確かだから、そういうのは大事にしよう。
川の流れは遅いくせに、雲の流れは速いすなあ。
全然関係ないですが、親知らずが生えてきました。またしても、年をとったなと感じてます。
さあ、後悔ばかりしてないで、前に進もうか!
かっこいいですね。
しかし、精神論で上昇に向かったとて、体が付いていかないと元も子もありません。
この前の火曜日に高熱におかされました。
翌日、病院に行くと普通の風邪と診断されたのですが、風邪引きマスターからすれば、今回のは風邪でないと即決。
胃のむかつき、めまい、脱力感、息切れ。
頭痛、高熱だけなら、インフルエンザっぽいかと思ったんですが、それ以外がひど過ぎました。
熱が下がっても、胃の不調、めまい、脱力感、息切れは顕著になるばかり。
初めて、携帯電話のボタンが固いと思ったぐらい力が入りませんでした。
胃薬をもらって、昨日今日でやっと物が食べれるくらいになり、ふらつきは改善気味。
酷い風邪 + 胃の不調 + 食事出来ずに栄養失調 + ???
みたいな感じで、???と胃の不調は関係してそう。
良くない食生活、不規則な生活リズム、ストレス等々。
原因っぽいものが大量に考えられますが、とにかく一人暮らしの弊害が多分にあると思うので、春休みはたっぷり実家で過ごします。
もう若くないと言うと、まだ若いじゃないかと言われるんですが、こういう少し前なら絶対にならなかった体調になってしまう事で、自分なりに衰えを感じるわけです。
かっこいいですね。
しかし、精神論で上昇に向かったとて、体が付いていかないと元も子もありません。
この前の火曜日に高熱におかされました。
翌日、病院に行くと普通の風邪と診断されたのですが、風邪引きマスターからすれば、今回のは風邪でないと即決。
胃のむかつき、めまい、脱力感、息切れ。
頭痛、高熱だけなら、インフルエンザっぽいかと思ったんですが、それ以外がひど過ぎました。
熱が下がっても、胃の不調、めまい、脱力感、息切れは顕著になるばかり。
初めて、携帯電話のボタンが固いと思ったぐらい力が入りませんでした。
胃薬をもらって、昨日今日でやっと物が食べれるくらいになり、ふらつきは改善気味。
酷い風邪 + 胃の不調 + 食事出来ずに栄養失調 + ???
みたいな感じで、???と胃の不調は関係してそう。
良くない食生活、不規則な生活リズム、ストレス等々。
原因っぽいものが大量に考えられますが、とにかく一人暮らしの弊害が多分にあると思うので、春休みはたっぷり実家で過ごします。
もう若くないと言うと、まだ若いじゃないかと言われるんですが、こういう少し前なら絶対にならなかった体調になってしまう事で、自分なりに衰えを感じるわけです。
モーニング娘がすごい。
やっぱりアイドルって確立された物で、心揺さぶる何かがある。
そんな中、今、大阪にモーニング娘がいる。
大阪厚生年金会館でライブをしている。
明日もある。
行きたい。
どうする。
今のモーニング娘なら低迷してるし、当日券もあるか。
最悪、ダフ屋か。
ダフ屋って、どんだけ値をつりあげてるのだろう。
え、ダフ屋って違法なの。
買い占められて、本当に行きたい人が行けない。って何だそれ。
なんかおかしいぞ。
ダフ屋行為への違法性の認識が甘い、うんぬんかんぬん。
ダフ屋がなぜ違法なのか。
戦中の配給券を売る行為がどうたら、手に入らなければ餓死に至る危険もあるため、取り締まり。
モー娘。と食料が同じ扱い?
転売とかって、それこそ人間の心理、商売の心理にかなった物じゃないのか。
必要以上に人間が求める物を、手に入れて、値をつける。
でも、チケット取る時にダフ屋と競争するのも変な感じ。
兼ね合いが重要か。
だから、やっぱり法律とかの世界じゃないと思うんだけど。感覚の世界だと思う。
そもそも、昔からチケットって聞くとあまり良い思いし。
観られる人間が限られてる事自体、嫌らしい。
で、それがどうしても観たいもんだから、苦労する自分が馬鹿らしい。
いっそ、そんな公演なんかしなければいいのにとも思う。
そんな、囲まれて厳選、限定された雰囲気だからこそ、価値が見いだせるわけか。
その限定された世界に入るためのチケットを、手に入れるには面倒な手間をとらねばならくて、しかも望んだ条件のチケットなんか手に入らなくて、あげくチケット買うのが間に合わなかったらダメで、そんな奴らがダフ屋からチケットを買うんだけども、そのチケットは値が上げられてて、さらにダフ屋行為は法律で守られた世界からは逸脱していると見なされる。
ある世界に入るために、或る世界から逸脱するって自然。
もしかすれば、チケットはダフ屋から買うのが正論なのか!?
やっぱりアイドルって確立された物で、心揺さぶる何かがある。
そんな中、今、大阪にモーニング娘がいる。
大阪厚生年金会館でライブをしている。
明日もある。
行きたい。
どうする。
今のモーニング娘なら低迷してるし、当日券もあるか。
最悪、ダフ屋か。
ダフ屋って、どんだけ値をつりあげてるのだろう。
え、ダフ屋って違法なの。
買い占められて、本当に行きたい人が行けない。って何だそれ。
なんかおかしいぞ。
ダフ屋行為への違法性の認識が甘い、うんぬんかんぬん。
ダフ屋がなぜ違法なのか。
戦中の配給券を売る行為がどうたら、手に入らなければ餓死に至る危険もあるため、取り締まり。
モー娘。と食料が同じ扱い?
転売とかって、それこそ人間の心理、商売の心理にかなった物じゃないのか。
必要以上に人間が求める物を、手に入れて、値をつける。
でも、チケット取る時にダフ屋と競争するのも変な感じ。
兼ね合いが重要か。
だから、やっぱり法律とかの世界じゃないと思うんだけど。感覚の世界だと思う。
そもそも、昔からチケットって聞くとあまり良い思いし。
観られる人間が限られてる事自体、嫌らしい。
で、それがどうしても観たいもんだから、苦労する自分が馬鹿らしい。
いっそ、そんな公演なんかしなければいいのにとも思う。
そんな、囲まれて厳選、限定された雰囲気だからこそ、価値が見いだせるわけか。
その限定された世界に入るためのチケットを、手に入れるには面倒な手間をとらねばならくて、しかも望んだ条件のチケットなんか手に入らなくて、あげくチケット買うのが間に合わなかったらダメで、そんな奴らがダフ屋からチケットを買うんだけども、そのチケットは値が上げられてて、さらにダフ屋行為は法律で守られた世界からは逸脱していると見なされる。
ある世界に入るために、或る世界から逸脱するって自然。
もしかすれば、チケットはダフ屋から買うのが正論なのか!?
M-1がありました。
東京ダイナマイトのネタは一目置くところがあったかと。
大波乱の2009年は、ぼちぼち終わります。年の瀬がせまっております。
個人的に大波乱だったわけで、とくに秋からの一大事というのはしんどかった。
一応、それも年明けには清算される予定なので、気持ち的にも大波乱は終息しています。
そんな中、いやらしくハンディカムは折に触れて回していました。
最近思うのが、それが唯一の救いじゃなかったかと。
記録映像とも言えない、ホームビデオレベルの映像から、なんで撮ってるんだというような意味不明な映像、また計画が頓挫してしまったのに美し過ぎるお蔵入り映像。
そして、つい最近の山の映像。
現場に行く事もなく、映画の虫となることもなく、大学にくそ真面目に行くわけでもなく、波乱に飲まれながら、ふわりふわりと気ままにカメラを回していました。
アメリカンニューシネマは別にニューじゃないんです。
ただ、縛り付けてくる既成の概念をどうにか破壊しようとした。それはつまり概念ありきの発想・閃き。
この一年をふりかえると、自分はそういう活動はできないでしょう。
既成の概念に触れることがあっても、それに囚われることはなかった。なにせ波乱に飲まれる方で忙しかったから。
とにかく、映画のイロハはわかった。
ただ、そのイロハが巨大な存在となって自分の隣にあるかというと、無い。
イロハと一緒になるには、いかんせん波乱が大き過ぎて、飲まれすぎた。
ただ、大波乱を憎めない、人間を憎めないところはそこにある。
逆説的に守ってくれていたのかもしれない。
自分のやりたいことは既成の概念とはずれている事は明確だが、やはり概念には囚われるもの。
それを波乱が阻止してくれたと考えるなら、あんなに大変でしんどかった事がうれしく思えてくる。
映画の概念・イロハとの微妙な距離感。
確実に自分が映像を撮っていたという事実。
2つの事が、この年の瀬にキラキラと輝いているわけであります。
つまり、なんか閃いちゃったかもしれない。って話。
起源って、かなり奇跡的な領域かも。
まあ、起源だと思っても、原点回帰なのが通説だけど。
東京ダイナマイトのネタは一目置くところがあったかと。
大波乱の2009年は、ぼちぼち終わります。年の瀬がせまっております。
個人的に大波乱だったわけで、とくに秋からの一大事というのはしんどかった。
一応、それも年明けには清算される予定なので、気持ち的にも大波乱は終息しています。
そんな中、いやらしくハンディカムは折に触れて回していました。
最近思うのが、それが唯一の救いじゃなかったかと。
記録映像とも言えない、ホームビデオレベルの映像から、なんで撮ってるんだというような意味不明な映像、また計画が頓挫してしまったのに美し過ぎるお蔵入り映像。
そして、つい最近の山の映像。
現場に行く事もなく、映画の虫となることもなく、大学にくそ真面目に行くわけでもなく、波乱に飲まれながら、ふわりふわりと気ままにカメラを回していました。
アメリカンニューシネマは別にニューじゃないんです。
ただ、縛り付けてくる既成の概念をどうにか破壊しようとした。それはつまり概念ありきの発想・閃き。
この一年をふりかえると、自分はそういう活動はできないでしょう。
既成の概念に触れることがあっても、それに囚われることはなかった。なにせ波乱に飲まれる方で忙しかったから。
とにかく、映画のイロハはわかった。
ただ、そのイロハが巨大な存在となって自分の隣にあるかというと、無い。
イロハと一緒になるには、いかんせん波乱が大き過ぎて、飲まれすぎた。
ただ、大波乱を憎めない、人間を憎めないところはそこにある。
逆説的に守ってくれていたのかもしれない。
自分のやりたいことは既成の概念とはずれている事は明確だが、やはり概念には囚われるもの。
それを波乱が阻止してくれたと考えるなら、あんなに大変でしんどかった事がうれしく思えてくる。
映画の概念・イロハとの微妙な距離感。
確実に自分が映像を撮っていたという事実。
2つの事が、この年の瀬にキラキラと輝いているわけであります。
つまり、なんか閃いちゃったかもしれない。って話。
起源って、かなり奇跡的な領域かも。
まあ、起源だと思っても、原点回帰なのが通説だけど。
15分程度の映画が出来ました。
渾身の出来かもしれません。
ただ、製作過程、というかそんな過程が無いのが実情なので普通は映画と呼んでもらえないと思います。
昨日、今朝の早朝になりますが、高校時代ぶりに1人で徹夜をしたのですが、5時頃に憑き物につかれました。
気付いたら、おにぎりをにぎり、カメラと三脚を持って、登山していました。
今日の夕方に目覚めた時には、不思議な感覚でいっぱいでした。
例えるなら、人間がみる夢を映像で再現ではなく、写すことに成功したという感じでしょうか。
山にいたのは確かに現実ですが、夢でだったのではないかという事を自分自身でさえ否定出来ません。
そんな、映像がこのテープに入っているとなると、興奮がとまらず、またもや憑き物に憑かれたように編集をしました。
企画・撮影・ポスプロまで、わずか24時間。
これはこれですごいのですが、仕上げをやっている今、抜けている所がありそうで気がかりです。
手直し必須かと思いますが、とりあえずは形になっています。
今まで、とりとめのない映像は撮ってきたのですが、観たものの跳ね返りが気になるのは初めてかもしれないです。
やっと作品と呼べるものが出来たのかもしれません。
ありえない、わずか24時間で作った物ですが。
無謀なひらめき、独りでの挑戦、低いとは言え徹夜登山、過酷過ぎるような気がしますが、なぜかまだ力が溢れてます。
渾身の出来かもしれません。
ただ、製作過程、というかそんな過程が無いのが実情なので普通は映画と呼んでもらえないと思います。
昨日、今朝の早朝になりますが、高校時代ぶりに1人で徹夜をしたのですが、5時頃に憑き物につかれました。
気付いたら、おにぎりをにぎり、カメラと三脚を持って、登山していました。
今日の夕方に目覚めた時には、不思議な感覚でいっぱいでした。
例えるなら、人間がみる夢を映像で再現ではなく、写すことに成功したという感じでしょうか。
山にいたのは確かに現実ですが、夢でだったのではないかという事を自分自身でさえ否定出来ません。
そんな、映像がこのテープに入っているとなると、興奮がとまらず、またもや憑き物に憑かれたように編集をしました。
企画・撮影・ポスプロまで、わずか24時間。
これはこれですごいのですが、仕上げをやっている今、抜けている所がありそうで気がかりです。
手直し必須かと思いますが、とりあえずは形になっています。
今まで、とりとめのない映像は撮ってきたのですが、観たものの跳ね返りが気になるのは初めてかもしれないです。
やっと作品と呼べるものが出来たのかもしれません。
ありえない、わずか24時間で作った物ですが。
無謀なひらめき、独りでの挑戦、低いとは言え徹夜登山、過酷過ぎるような気がしますが、なぜかまだ力が溢れてます。



